So-net無料ブログ作成
検索選択
人生の思い出 ブログトップ

長年の疑問がやっと氷解 [人生の思い出]

関連記事
H22.05.27-1 5月25日東京山の手空襲と疎開の記憶
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
戦時中応召で満州に駐屯していた父が帰国してからよく口ずさんでいた歌があった。覚えることもなく覚えて時に口から出ていたが、何の歌なのか、父に聞くこともなく他界し、その後何とか出典が分からないかと探していた。
先日記憶にある歌詞を思い出しつつインターネットで検索していたら、見事にヒットした。
歌詞は次の通りだ。
1.吹雪にあけて又暮れる 北満州の国境
極寒零下四十度 命もなんのお国のため 護る関東健男児
2.見渡す限り果てもなく 曠野も何時か春来れば
やがてさき出す花畠 ひづめも軽く地を蹴って とばせ馬上の青嵐
3.赤土ばかりのはげ山を やけつく夏の陽をあびて
峰をふみ越え岩を撃ち ひぞくを追った勲功も 今じゃ炉ばたの語り草
4.露営に更くる霜の夜や 夢さめ易い銃枕
空には月の影さえて 千草にすだく虫のこえ 思い出すぞよ秋祭
5.吹雪にあけて又暮れる 北満州の国境
延々続く五千粁 頭号師団の名も高く 立つは関東健男児
断片的に記憶していたが、1番の後段は記憶していた通りの歌詞だ。
「第一師団行進曲」の歌詞という。
第一師団といえば、首都防衛を主任務とし都心にあった部隊。これが満州の土地そのものの歌詞を行進曲としたことから、恐らく満州に駐屯するようになってから作成されたものであろう。
父が満州から内地勤務となったのは昭和19年。以来耳にしていたのだろうが、76年やっと疑問が氷解した。
なお、出典となったホームページは、[父のレイテ戦記]とあり、満州の黒竜江近く孫呉に駐屯していた部隊から、レイテ島に派兵されて戦後無事帰国された父上の戦記を綴っておられる。
父が駐屯していたところも、母の記憶では孫呉だったとのこと。

人生の思い出 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。