画舫 [言葉の謂れ]
[柴田宵曲著・小出昌洋編 漱石覚え書 (中公文庫)]
を読んでいて、
「西湖に遊んで画舫を浮かべれば」
という一文に接した。
「画舫」をインターネットで検索したら、
[絵をかいたり彩色を施したりした中国の遊覧船。転じて、美しく飾った遊覧船]
とある。写真の紹介もある。
当時の文人が中国を旅し、西湖を訪ねることは広く知られた観光ルートであったのであろう。写真と合わせてみれば、当時の悠然とした空気を感じることができる。
この本は、柴田宵曲が折々に綴った短文を、小出昌洋が編集したものだが、随所に漱石のみならず、高浜虚子、寺田寅彦、鈴木三重吉、西条八十、長谷川如是閑、芥川龍之介、志賀直哉、宇野浩二、斎藤緑雨、内田百閒などなど、が登場する。
このころの小説に詳しい方には、楽しい読み物であろう。
人生七十古来稀なり [言葉の謂れ]
この3月に70歳の誕生日を迎えた。世に「人生七十古来稀なり」と言われるが、たまたま6月8日にNHK教育テレビ「漢詩紀行」で、この言葉の出典となる杜甫の詩が取り上げられていた。
中国陝西省西安市郊外の曲江跡を背景に映しながら、この詩が全文紹介される。
[曲江]
朝回日日典春衣
毎日江頭尽酔帰
酒債尋常行処有
人生七十古来稀
穿花蛺蝶深深見
点水蜻蜓款款飛
伝語風光共流転
暫時相賞莫相違
曲江は、唐の都長安(現在の西安)の時代に随一の行楽地であったというが、ここで杜甫はこの詩を詠んでいる。仕官を志すも、科挙の試験にも恵まれず、漸く46歳で皇帝に仕える身となったものの生来の真面目な性格から皇帝を諌めて次第に疎まれたという。やがて、酒に浸ってこの地で憂さを晴らす毎日。この詩で、
「どうせ人生七十まで生きるのは稀なのだから、今のうちに楽しんでおきたい」
と心境を詠う。
早くも翌年左遷されたことから、宮仕えを捨てて都を離れて家族とともに放浪の旅に出て、59歳の暮に人生を終えたと伝える。
「人生70歳まで生きることは稀なのだから、今を大いに楽しもう」と酒に浸って屈折した心境を詠った詩が出典とは、全く知らなかった。「古稀の祝い」ということで、長寿を心から祝福する言葉と理解していたが、いつの頃から全く逆の意味で人口に膾炙することになったのであろうか。
因みに、この「漢詩紀行」の番組は、平日の朝5時から放映されている5分間番組だが、さまざまな漢詩が紹介さる。時には、漢文の時間で習った詩も登場するし、あるいは古典や漱石などの文学で取り上げられている親しく口遊んでいる詩も紹介される。不遇の身を託つ詩や、遠くに旅立つ友人を送る詩などがほとんどだが、それにしても詩の舞台となるところが、あの広大な中国の各地に広がっている。人の行き来の逞しさに、感服するばかりである。






